朝起きる。それは午前4時であったり5時であったり6時であったりバラバラだ。今朝は5時半に目が覚めた。顔を洗う。それからお湯を沸かす。珈琲豆を挽く。珈琲を淹れる。その間に頭の中で考えていることはその日によって違う。その朝見た夢を振り返ることもあるし、歩きたい山を思うこともあれば、今朝のように「いま思っている」ことを考えていることがある。今朝思ったことは「自分のことは書けるが他人のことを書けない」ということだった。中原中也と立原道造と尾形亀之助という3人の詩人たちを頭に浮かべながらそう思ったんだ。特に中原中也の書物は数も多かったが、同時に読んだ時間も長かったと思うし、中也のふるさとの山口県湯田にも行ったし、さまざまなことを思うのだが、いざ書こうとなるともう一度はじめから調べなおす作業が必要になる。つまり何も今、書けないのだ。
頭を切り替える。父のことを思う。今日2月13日は父の命日である。20年前、2003年2月13日永眠。眠ったわけではないが、あちらの世界に旅立った。あれから20年。なんとなく「20」という数字には特別感がある。19でも21でもない「20」。さて、そこで、父のことを書こうと頭で思う。やはり書けない。中也を書けないように、親父のことも書けない。知っているのは19才までの親父だし、その後の親父との記憶も断片的だからだ。「その断片を書けばいいじゃないか」ともう一人の僕がささやく。「何のために」と僕が応える。つまり中也のことも親父のことも僕には書けないのだ。先日知人が手紙をくれた。「山田比古太さんの絵がヤフーオークションに出品されていた」という内容だった。その絵は「笑うカレイ」というタイトルがついた絵だった。僕がまったく知らない絵だった。親父のことをほとんど「知らないと」と実感した一瞬だった。
頭を切り替える。ならば自分のことなら書ける!と思う。思うが「歳をとってからやっちゃいけないことは説教、自慢話、昔話という高田純次の名言が頭をよぎる。僕は説教はあまりした記憶はない。しているのかもしれないが。自慢話は嫌ってきた。低山歩きをはじめた頃、山頂で会うベテラン登山家と会うたびに山の自慢話を聞かされたのを教え、アドバイスと受け止めず「自慢話」と受け止め、こんな大人にはなるまいと思ってきたからだ。だが、低山歩き8年たってみると、山で会った人にいつの間にか自慢話(のつもりではなくても)をしている自分がいた。落ち込む。反省する。しかし、また山で会う人と話すとついつい自慢話的な口調になっている自分がいた。山頂で人と会っても話さなければ自慢話にならないじゃないか!とあなたは言うかもしれないが、人間、さみしい生き物で、ついつい話したくなるわけよ。3つめの昔話。これは毎日のようにやってしまう。「自分のこと」=「昔話」のように思考回路でできているかのように。
頭を切り替える。今思っていること。「いま」とひらがなで書いたら「今」がまた違って見えてくる。「いま」は「今日これから」という未来を感じる。「いま思っていること」。とりあえず今日のことを考えよう。14:30から用事がひとつある。あとはフリーだ。賃金労働をしていた時は、この「フリーな時間」にあこがれていたが、フリーになってみると時間がありすぎて困っている年金生活者や隠居人や高齢者は多いと思われる。死ぬまでの「時間つぶし」「暇つぶし」をどう生きるか?これが「いま思っている」未来なのかもしれない。2月13日月曜日。外は小雨が降っている。腰は相変わらず痛い。痛いけれど家にいても痛みはなくならない。整形外科には行かないと決めている。ストレッチはする。で、裏の三日月山を歩きたいが、この小雨の中はいやだと思う。
熱かった珈琲が少し冷めてしまった。